大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和52年(オ)536号 判決

上告人(原告)

綿谷克己

ほか一名

被上告人(被告)

住友海上火災保険株式会社

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人中安邦夫、同打田等の上告理由について

昭和五〇年七月一二日昼ごろ、上告人らの子である綿谷貞美は、弟の綿谷博美に対し、貞美の所有する本件自動車の駐車位置を変えるよう依頼してその鍵を預けたところ、博美はそのまま右の鍵を所持していたが、同日夕方ごろ、友人の河内洋一らから麻雀に誘われ、貞美に断ることなく右の鍵を利用して本件自動車を運転して河内宅へ赴き、麻雀をしているうちにたまたま停電となり扇風機も使えぬため、一時ドライブして涼をとろうということなり、河内が、博美の承諾のもとに博美らを同乗させて本件自動車を運転しているさい、事故を起こして博美を死亡させた旨の原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、是認することができる。右事実関係のもとにおいては、事故当時の本件自動車の運行については、博美が直接的、顕在的、具体的に運行を支配し、運行利益を享受していたものであり、貞美は博美を介して間接的、潜在的、抽象的に運行を支配していたにすぎないのであるから、博美が貞美に対し自動車損害賠償保障法三条にいう「他人」であることを主張することができないと解するのが相当であり、これと同旨の原判決は正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤崎萬里 岸上康夫 団藤重光)

上告理由

上告代理人中安邦夫、同打田等の上告理由

原判決は、自動車損害賠償保障法(自賠法)第三条に定める「他人」の解釈を誤まり、かつ、審理不尽理由不備の違法がある。

一 原判決は、「被害者が事故当時、本件自動車の運行供用者といえず、自賠法第三条の他人に該当する。」との第一審判決を排斥し、事故当時にあつても「被害者は本件自動車の運行供用者たる地位にあつたと認められるから、自賠法三条に定める他人には該当しないといわなければならない、」とされる。

そして、本件事故当時の運転は、河内洋一によつてなされていたものであるが、同人の運転に関して第一審判決は「かつ仮に同人が、事故当時本件自動車の運行を支配し、運行による危険と利益を保有していたと認められるとしても」とほゞ同人の地位を運行供用者と認めたといえるのに対し、原判決も河内洋一のかゝる運行供用者をあえて、否定しているものではない(「河内洋一の運転は貞美に対する関係では泥棒運転と異なるところはなく」との考えからすれば、すくなくとも河内洋一が被害者に対して単なる被用運転者にすぎないものとは考えておらず運行供用者たる実体だけはこれを肯定しているものといえる。)

二 しからば、本件事故当時、本件自動車については、訴外貞美(この点争いがない)、被害者、河内洋一の三名の共同運行供用者が存在する訳であるが、このように当該事故自動車について複数の運行供用者が存在する場合にその中の一人が被害者となつたときはその者は他の運行供用者との関係で他人となるかについては、つとに学界からも問題として提起されてきたが東京高裁昭和五一年九月三〇日判決によれば、「運行供用者性と他人性とは必ずしも相排斥する概念ではない。

換言すれば、対外的責任主体としての運行供用者と自賠法による保護の除外事由として機能する運行供用者とは必ずしも同一に解さなければならないものではなく、事故により被害を受けた者が共同運行供用者の一人である場合には、対外的責任主体となりうべき運行供用者であるが故に、常に右他人に該当しないものとはいえず、その者の当該具体的運行に対する支配の程度態様のいかんによつては、他の共同運行供用者との関係においては他人として保護されてしかるべき場合もあると考えられる。」とある(判例時報八三五号)。

そして、最高裁昭和五〇年一一月四日判決(民集二九巻一〇号一五〇一頁)は、本件と類似の事案であるが、被害者が共同運行供用者にあたるとされる限りは、その者の他人性を吟味することなく保有者の責任を肯定することを違法としたにすぎず、(反面これを否定することも違法であろう。)被害者が共同運行供用者であれば、それだけで常に他人性を否定される訳ではないことを当然のことながら前提とし、もとより、その他人性阻却事由を一般的に設定したものでもない(判例時報七九六号三九頁判例特報解説)。

しからば、仮に原判決に従つて、本件の被害者が運行供用者と認められるにしても(上告人は後記のように本件被害者の運行供用者性を否定ないし、極めて潜在的と解するものであるが)、それは右判決にあるような共同運行供用者なのであるから、さらに進んで同被害者が他の共同運行供用者との関係において他人と目すべきか否かを問題とすべきであるのに、原判決によれば、その追究がなされたものとは認められず、この点で審理不尽かつ理由不備の違法があるといわざるをえない。

三 しかして、上告人は、第一審以来本件自動車の運転者である河内洋一、保有者である訴外貞美をそれぞれ運行供用者であるとし、両名に対する損害賠償請求権を根拠として、被上告人(被告)に対し、自賠法一六条にもとづく請求権を行使しているのであるが、原判決は「被害者は麻雀をする目的で本件自動車を運転して河内洋一方に赴き同人方前に駐車し、同家内で麻雀をしていたものであるから、本件自動車を支配管理し、運行による利益を享受する立場にあつたものは、本件自動車を持出してきた被害者自身であること明らかであり、河内洋一の本件自動車の運転も、麻雀途中、一時涼をとるためのものであつて、同乗した被害者の承諾のもとになされた」ものであるから被害者の本件自動車の運行を支配する立場は失われておらず運行供用者たる地位にあつたから、自賠法第三条の他人に該当しないとする。

しかしながら、被害者が本件自動車を持ち出したことにより、これに対する運行支配を一旦取得したことは否定できないとしても、

(一) 被害者の本件自動車の持ち出しの目的は、麻雀のため、河内洋一方に赴くこと、及び同人方から自己の家に帰宅することであつた。

(二) 本件河内洋一の運転は、停電という突然の事態を契機に発生したもので、被害者は、持出時点において、かゝる運行を予期していなかつた。

(三) 被害者は運転については未熟者であるのでできるだけ運転を差し控える状況にあつたことが窺われ、結局本件運行は被害者が洋一に委せ、命じたのではなく、河内洋一の積極的な運行の取得であつた。

(四) 河内洋一が本件自動車を運転した主たる理由は、本件自動車が、マツダのロータリー車でかなり速度が出るということに興味を持つたことであつた(甲二五号証第十項)

(五) 本件事故発生の原因は、右河内洋一が同人の興味を満足させるために、制限速度四〇キロの法定速度を六〇キロオーバーする時速約一〇〇キロの高速度で無謀運転したことにあつた。

(六) 被害者は(一審判決が適確に指摘したように)右河内洋一の運転開始を黙認したのみで、運転を強要したり、高速度の無謀運転をそゝのかしたことはなかつた。

等の事実に照らせば、被害者の本件事故発生時の本件自動車に対する運行支配は、極端に潜在化したものと解するものである(運行支配の喪失ないし一時の中断といえよう)。

運行支配の有無については、事故発生に結びつく、事故の原因となつた段階での運行支配を問題とすべきで、事故を惹起した運転者に運転させることを黙認した直接の当事者である故をもつて、(事故発生時の具体的な運転態様に対する支配の有無を考慮することなく)運行支配を認めるのは、不合理を解するものである。

四 本件では、前記三で述べた事情から本件事故発生時の運行は、当初被害者が運行支配を取得した目的と異なり、主に河内のためのものであり、事故の原因も主として同人の興味を満足させるための無謀な運転方法等前記の諸事情がある以上、事故発生時における被害者の本件自動車に対する運行支配は極めて間接的、潜在的、抽象的になり、一方、河内洋一のそれが、直接的、顕在的、具体的になつたと解すべきである。

五 右のように、被害者の運行支配が喪失ないし、一時中断といえる程潜在化したことにより、保有者である貞美の運行支配が喪失ないし、一時中断することにはならないと解するものである。

訴外貞美が、本件自動車の運行供用者の地位にあり、河内洋一の事故時の運行に対しても運行支配を有していた事実は当事者間に争いがなく(もつともその根拠は、後記のように異なるといわなければならないが)明白である。

原審は、右貞美の運行支配は、被害者の運行支配を介して有していたと解すべきであり、被害者の右運行支配を否定すれば、河内洋一の運転は、貞美に対する関係では泥棒運転と異なるところはないとする。

しかしながら、

河内洋一は貞美方によく遊びに来て貞美とも旧知の間柄等にあつたことや、本件自動車の運転は今回で二度目であること等からすれば貞美においても、河内洋一の本件運転を黙認あるいは事後的に承諾したであろうと推察されるということや、本件自動車の日常の管理、使用は、貞美のみであつたという本件の事実関係に照らせば、貞美の河内洋一の運転に対する運行支配は、貞美と右河内の人的関係及び、これに基く、事後の承諾の確実性に基くものであると解され、被害者の運行支配とは関係がないというべきである。

被害者の河内方への行き往りの運転及び、河内の本件事故時の各運転に対する貞美の各運行支配、従つて運行供用者性の取得は、貞美の右両名に対する人的関係とこれに基く事後の承諾の確実性に基くものであつて、結局貞美の河内の運転に対する運行支配は、河内が、直接貞美から借り受けたと同視し得ることに基くものと解する。

(一審訴状で主張してる事実である)

従つて原審の言うように、河内の運転に対する貞美の支配は、被害者を介して有していたとする根拠はなく、(原審の言う泥棒運転言々……は、河内が貞美と全く人的な関係を有しない第三者の場合ならば、あてはまる)この点について、原審は如何なる理由で、つまり、貞美の河内の運転に対する運行支配が、右のように貞美と河内の人的関係に基くものか、被害者の運行支配を介してのものかについて、何の理由を示すことなく、これを後者であると断定したもので、この点には審理不尽理由不備の違法もあるといわざるを得ない。

六 右のように、保有者である貞美は、河内洋一の本件事故時の運転につき、右同人と共同運行供用者の地位にあり、その運行支配は、直接的、顕在的、具体的である。

一方被害者の運行支配は、極めて、間接的、潜在的、抽象的になつたと、評価し得る以上、本件自動車に対する運行支配は、河内洋一に完全に帰属していたものと認められるので、被害者は、河内洋一に対し「他人」であることを主張し得ると同時に、貞美は、右河内の運行支配を通じて、自らの運行支配を有していたものであるがゆえに、被害者に対する賠償責任を免れ得ないと解するものである。

以上の次第であるから、被害者を自賠法三条の「他人」に該当しないとする原判決は同法の解釈を誤つたもので、判決に影響を及ぼす明らかな法令違背及び、審理不尽、理由不備の違法が存する。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例